かつてゴールドラッシュと呼ばれた時代、黄金に魅せられた者たちがこの地に押し寄せた。5軒の家があるだけだったドーソンの人口は一気に4万人に膨れ上がり、“北米のパリ”と言われるほどのにぎわいをみせていた。しかし、この地のゴールドラッシュが終焉を迎えると、人々は新たなゴールドラッシュの地へと旅立っていった。
 町は半ばゴーストタウンと化したが、ゴールドラッシュ時代の史跡を保護、修復することで現在は年間6万人が観光で訪れる町として栄えている。


 街の対岸の川岸から数分高台に歩いたところにユースホステルはあった。ドーソンでは徹底的に楽をしようと決めていた。ユースなら炊事場やトイレはもちろん、シャワーも完備されているはずである。この街で1週間ほどのんびりしていくつもりだった。
 河岸にフネを係留したままユースの管理棟に行くと、ホストのディータと名乗るヒョロヒョロした怪しげな男がカウンターにいた。1週間テントサイトに泊まりたいと告げると、ディータは予約表を難しい顔で眺めてる。まさかこんなところで予約がいっぱいなどと言うことがあるのだろうかと思っていると、再来週ミュージックフェスティバルが開かれ、お前はそれを見ていくべきだから2週間ここにいろ、と言う。あまりに強引な営業にあっけにとられていると、年1回のこのイベントがいかに素晴らしいかを熱く語ってきた。会場内に入るチケットはとっくに完売しており、おまえは中には入れないが2週間ここに留まるべきだと主張する。イベントへの興味より、この目の前の怪しい男がいるユースが楽しそうに感じられた。
 2週間世話になることを了承し、川べりからフネと荷物をユースまで運んだ。テントを張り、ホワイトホース以降一ヶ月ぶりの熱いシャワーを浴びようと浴室へ向かう。しかし、ディータいわく「ユーコンの湯」と呼ばれるここの浴室は、ドラム缶に貯められた小川の水を自分で割った薪を使いお湯を沸かし、そのお湯をまた小川の水で温度調節してザブザブ体にかけると言う、嫌でも風呂に入る前に一汗かく画期的なシステムを持っていた。
 まだ時間が早かったため、一番湯を沸かさなければならない。汗だくになりながら薪割りをし、釜に火を入れ1時間ほどで待望の風呂が出来上がった。
 ほぼ熱湯状態のお湯を桶でドラム缶からすくい、外から浴室にホースで引かれた小川の水で調節する。ヶ月近く汗を流していた冷たい川の水とは違う、優しく軟らかい、そして温かい流れが体を包み込んでいった。

 管理棟に行き、ディータに安くて旨いステーキ屋を尋ねた。そんな都合の良い店は無いと言いながらも、赤ペンで印を付けてくれた地図を受け取り街に向かった。ユースは街の対岸に位置していたが橋はなく、代わりに24時間運行される小型のフェリーが川を行き来していた。赤ペンで印を付けられた地図を頼りにたどり着いたレストランで、迷わずビールとステーキを注文する。すぐに目の前に運ばれてきた冷えたビールのグラスを手に取り、しばらくその琥珀の液体を見つめてから一気に飲み干す。自然と笑いがこみ上げ、それを隠そうとうつむく。ビールがこんなにも旨いとは思わなかった。幾分、笑いが収まりながらもニヤニヤしているとステーキが運ばれてきた。ビールのおかわりを注文し、涙が出そうなほど旨いステーキを平らげた。

 店を出てユースへ戻る道を歩いていたが、なにかこのまま今日を終わりにしてしまうのはもったいない気がした。ふと立ち並ぶ建物に目を向けると、西部劇に出てきそうなパブが見えた。

 もう一杯飲んでいこう。

 扉を開けると店内には数人の客とバーテンとウェイトレスいた。空いているテーブル席に座りビールを頼んだ。改めて店内を見回してみると、金を求めた荒くれ男たちの豪快な話し声が壁の至る所にしみ込んでいるような錯覚を覚えた。
 直ぐに運ばれてきたビールのグラスを手にする。しかし今度はゆっくりとその液体を喉に流し込んでゆく。

 しばらくはこの極北に暮らす生き物たちに怯えることも、突然の雨や風に小さくなることもない。急に怪我をしても助けてもらうこともできるのだ。温かい風呂があり、気の利いた食事をとることもできる。
 安堵と喜び。
 体にしみ込んでゆくアルコールに、クラクラと目の前が回ってゆくような気がした。
 この旅で初めて、酒に酔った気がした。

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