ユーコンとは「大いなる大河」と言う意味を持つ。カナダ・ブリティッシュコロンビア州の氷河を源流とし、北のユーコン準州とアメリカ・アラスカ州を流れ約3000km先でベーリング海へ注ぐ。テスリンリバーとの合流地点、フータリンカまでは氷河独特のエメラルドグリーンの水が流れているが、ここから先は徐々に砂を含んだ薄い茶色の水へと変化していく。

 ここフータリンカはゴールドラッシュ時代の村があった場所だ。いくつかの小屋があり、ここでキャンプをするための椅子とテーブル、焚き火台、トイレまでが完備されていた。自分が上陸したときには河岸の開けたところに2人組のスイス人が既にテントを張っていたので、そこから少し下流の高台になったところにテントを張ることにした。ユーコンとテスリンの合流ポイントがよく見渡せる場所だった。
 荷物をフネから降ろし一息ついていると、ゴールデンレトリバーを前にのせたカヌーが通り過ぎていく。またしばらくすると、1艇のカヌーが岸に着いた。ひとなつっこい笑顔でこちらにやってきた2人組の彼らは、アラスカのジュノーからやってきたと言う。タバコ一本分の立ち話をした後、2人は再び川の人となっていった。
 2.3日ゆっくりしよう。久しぶりの人のいる空気は、懐かしい暖かさを思い出させてくれる。
 翌日、朝食を済ませコーヒーを飲みながら本を読んでいると、テスリンからこちらに向かってくるカナディアンカヌーが見えた。そのフネはそのまま開けている方の岸に上陸した。本を閉じ、間も無くやってくるであろうお客様を迎えるためそちらの様子をうかがっていると、薮の中から体格の良い1人の初老の男が現れた。ドイツからやってきたと言う彼は、しばらく立ち話をするとちょっと考えて「ビール飲むか?」と聞いてきた。ビールなら自分もあると答えると、こっちの方が冷えてるからと彼は一度自分のフネに戻り500mlのビール2缶を手に戻ってきた。
 つまみは何もないが、炎天下の中での飲み会が始まった。お互いの旅のこと、ユーコンのこと、自分たちの生まれ育った国のこと、一人旅のこと。次から次へと話が広がり、初対面ではあっても話題が尽きることはなかった。二人とも英語は母国語ではない。言葉の足りない部分を補うため、自然と身振り手振りが大きくなっていく。その大げさな体や表情の動きに、笑い声が途絶えることはなかった。
 一人旅は、自分が人であることを感じさせてくれる。だだっ広い中州で、一人焚き火をしている時。見たこともないような風景に出会った時。川のど真ん中で突然の雨に打たれている時。何をしてもいい、何をしなくてもいいと言う自由と、自分の中に沸き起こる感情を噛み締めることはできるが、全く寂しさがないと言えばウソになる。今、目の前にいる生き物とはコトバを交わすことが出来る。お互い笑い合うことが出来る。こんな当たり前のことが、無性に嬉しかった。自分がヒトであることが嬉しかった。
 2本目のビールが空になる頃、「今日はビッグサーモンビレッジまで行くつもりなんだ」と彼は腰を上げながら言った。彼のカヌーのところまで見送りにいく。「またどこかで会おう」と差し出された大きな手を握り返しながら、「次は俺にビール奢らせてくれ。よく冷やしとくから」
 少し風の出てきた川面に彼の乗るフネを押し出してやる。何度もこちらを振り返り、何かを叫んでいるが、その声は風のせいもあり、すぐに聞き取ることは出来なくなっていってしまった。出来ることは、あっという間に小さくなっていく初対面の親友が乗るフネが見えなくなるまで、思いっきり手を振り続けることだけだった。 ​​​​​​​

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